遺跡は、河原田川と鳳至川に挟まれた気勝山台地上に位置しています。今年度の調査は、能登半島地震の影響で、令和5年度以来3年ぶりの調査となります。かながわ考古学財団から復旧・復興事業に伴う埋蔵文化財発掘調査業務等に従事するため、調査員1名の出向を受け、共に調査を行っています。
これまでの調査で、市道東側の調査区から奈良・平安時代の柱穴や縄文時代の土坑などを検出しました。調査区南西では、幅約60cmの柱穴が5基並んで検出されました。これらの柱穴列は、奈良・平安時代の集落を囲う柵の可能性も考えられます。さらに調査区南側の落ち込み状遺構では、須恵器や石器の剥片などが出土し、異なる時代の遺跡が混在している様相が見受けられます。
また、調査区北東で検出された2基の土坑から縄文土器や石鏃が出土したほか、その他の場所でも、敲石や打製石斧、石錘なども見つかっていることから、当地では縄文時代から人々が活発に活動していたことが窺われます。
引き続き、別調査区の作業も進めていく予定です。今後の調査により、本遺跡の規模や様相が一層明らかになることが期待されます。
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| 遺跡名 | 宅田上野山遺跡 |
|---|---|
| 時代 | 旧石器時代~近世 |